富士山,冨士講,富士塚,富士山信仰,宮城富士,宮城氷川神社,西新井富士,西新井浅間神社,八幡宮富士,井草八幡宮,鎌倉富士,八幡神社,四つ木富士,四つ木白髭神社,新小岩富士,天祖神社,徳丸富士,北野神社,小松川富士,白髭神社,五分一富士,長谷川家,新堀富士,八武崎家,深川八幡富士,富岡八幡宮,matsumo,matsumo2,matsumoto,matumoto

前ページ Home(gozaru) 七福神めぐり/富士山目次 Home(coocan) 次ページ

東京の富士山(4)

最終改訂:2009. 7.26(前回:2007. 7.29)

 富士市立博物館発行の「富士塚調査報告書」により,都内23区内に私が行っていない富士塚(富士山)があることが判明し,また@niftyのFYAMAPにおいては別な富士塚のことも書かれており,更に,インターネット上の「下町タイムズ」というホームページに上記のいずれにも記載されていない富士塚に関し書かれていることから,その中で場所が判明したもののみに行ってきました(一部,神社名のみのものがあり,地図で調べると同名の神社が幾つもあって諦めました)。
 また,今まで判明したものの中で,個人のお宅の庭内にあるものが4つあり,内,丸山講富士(篠田家)のみ,通りから庭に入ることができましたが,他の3つはいずれも塀がある庭内にあるので,家の方にお願いして拝見させていただく必要があります。しかしながら,私は気が弱いので(笑),躊躇している内に時間がドンドンたってしまっています。このため,既にこれらに行かれている目黒区にお住まいの仲野氏にお願いして,氏が撮影された写真を載せさせていただくことにしました。ということで,「五分一富士」及び「新堀富士」のみ,氏からいただきましたパソコン用プリンターで印刷したものをスキャナーで読み込み,それをトリミングして使わせていただきました。仲野さん,どうも有り難うございました。なお,「押上富士」の写真もいただいたのですが,残念ながら庭に茂った木で富士塚がよくわからない状態ですので,こちらは以前私が塀の隙間から撮った富士塚の後の写真のままです。
 さて,目黒区郷土研究会の会報「郷土目黒 第45集(平成13年)」には仲野氏が書かれた「東京の富士塚」(図版及び写真付の本文8ページ,全部で65山の富士塚リストが2ページ)が掲載されております。これは都内23区内の富士塚に関し網羅的に解説した貴重なものであると思います。



宮城富士(宮城氷川神社)
[溶岩製,高さ約3m]
西新井富士(西新井浅間神社)
[高さ約1m]
八幡宮富士(井草八幡宮)
[1975年移築,高さ約2.5m]
東京都足立区宮城1-38-6
(JR田端駅,北2600m)
東京都足立区西新井6-3-16
(東武大師線大師前駅,西350m)
東京都杉並区善福寺1-33-1
(JR西荻窪駅,北1500m)
本殿の右奥。写真の右側。溶岩の階段を登ると石祠(浅間神社)有り。築造年は不明だが,現在のものは最近と思われる。
左側は「三峯神社」。
なお,「宮城富士」は仮称。
コンクリート製の台(西新井富士)の上に本殿有り。1843年築造とのことだが,現在のコンクリート製のものは近年の改築と思われる。
なお,「西新井富士」は仮称。
青梅街道に面した朱色の「大灯籠」と道路を挟んだ駐車場(善福寺3-1)の奥に鳥居と木祠(浅間神社)があり,その奥の柵の中に草が茂っている小山が「八幡宮富士」。柵の中には入れず。1818年築造?
- - -
鎌倉富士(八幡神社)
[1978年築造,高さ2.5m]
四つ木富士(四つ木白髭神社)
[1965年移築,高さ1.5m]
新小岩富士(天祖神社)
[高さ1.5m]
東京都葛飾区鎌倉4-15-24
(京成本線京成小岩駅,北西600m)
東京都葛飾区四つ木2-18
(京成押上線京成立石駅,西900m)
東京都葛飾区新小岩4-40-1
(JR総武線小岩駅,北東1000m)
本殿の左横の高さ 1.5mの大きな台の上に更に高さ1mの小さな台があり,その上に小さな石祠(浅間神社)が有り。その台はいずれも白いみかげ石が貼られており,下の台には階段が付いていて,登ることができる。
なお,境内に入るとすぐ左に,溶岩製の大きな手水場があり,この溶岩はおそらく,昔あった山の形の富士塚で使用していたものではと思います。
なお,「鎌倉富士」は仮称。
本殿の左奥の奥の壁際。コンクリート製の台の上に石祠(浅間神社)有。
白髭神社自体は春日神社(?)の末社だそうで,本社の神主によると,本殿右の駐車場のあたりに以前は富士塚と池があり,池の側には弁天様が祭られていたが,1965年にこれらは取り壊され,現在の形になったとのこと。弁天様は入口右の周りが溶岩で囲まれている石祠に祭られている。
なお,「四つ木富士」は仮称。
本殿左に,土盛りの上に幾つもの大きな石を乗せた高さ 1.5m程の台にある石段を登ると石祠有り。
なお,「新小岩富士」は仮称。
- - -
徳丸富士(北野神社)
[一部溶岩製,高さ1m]
小松川富士(白髭神社)
[高さ2.5m]
五分一富士(長谷川家)
[1993年移築・溶岩製,高さ約1m]
東京都板橋区徳丸6-34-3
(地下鉄都営三田線高島平駅,南1100m)
東京都江戸川区東小松川3-7-20
(地下鉄都営新宿線船堀駅,北1000m)
東京都江戸川区松崎1-10-13
(JR総武線新小岩駅,南1600m)
入口のすぐ右に,笹が茂った土盛り有り。中央の石段を登ると石祠有り。なお,上部と石段の脇は溶岩で覆われている。 本殿左奥に高さ1m程の周りをセメントで囲まれた台の上に,更に1.5m程の小さな台があり,その上に石祠有り。
なお,「小松川富士」は仮称。
長谷川家の庭内。2つの頂上に各々石祠有り。1959年築造。なお,松崎1-9にも長谷川家があるので,間違えないようにすること。
- - -
新堀富士(八武崎家)
[1952年築造・一部溶岩製,高さ約1.2m]
深川八幡富士(富岡八幡宮)
[2002年再築・溶岩製,高さ約1.2m]
<深川八幡富士>
東京都江戸川区新堀1-12
(地下鉄都営新宿線瑞江駅,北西1400m)
東京都江東区富岡1-20-3
(地下鉄東西線門前仲町駅,東150m)
-
八武崎家の庭内にある築山の上。築山には左から回り込んで登る。築山の一番高い所に石が有り,その上に「富士浅間大神」の石碑と石の七輪有り。なお,「八武崎富士」と呼ぶ人もいるようだが,八武崎家では「新堀浅間」と呼んでいるとのことから「新堀富士」と表記した。 本殿左奥で,境内の北西の端。溶岩をセメントで固めた高さ1.2m程の小山の頂上に木造の祠が有り,屋根の部分までの高さは2m程となる。中腹に白い小石を入れた直径30cm程の湖に見立てたものと宝永山に見立てた石がある。山の右側には富士講に関係ある石碑が3つ,山の後には石仏が2体有り。
なお,本富士山は1722年頃に「石尊山」として築造し,1819年に再築されたが,1964年に破却された。そして,2002年に再築された。
深川八幡富士が描かれている「周延(チカノブ)」の浮世絵「見立十二支辰深川八幡富士」。昔の富士塚は高さ10m程で富士山が拝めたとのことです。


<下谷坂本富士の山開き(1)>
 2001. 6.30(土),山手線・鶯谷駅近くのの小野照崎神社の下谷坂本富士(富士塚)の山開きに行ってきました。この富士塚は周りに柵がしてあり,普段は中に入れませんが,お山開きの6/30,7/1及び元旦の1/1の3日間は中に入れ,上まで登れるからです。

 当日は雨が止んでから出かけたので,11時過ぎに神社に着いたのですが,富士塚前に人が沢山集まっており,あれ,まだ,中に入れないのかと思ったら,もう,門が開いており,早速入って登りました。ここの登山道は水平に近くて九十九折りに曲がりながら上に行くのですが,私は面倒くさいので,直線的に登ってしまいました。頂上は,思ったより広いですが,石祠等は全く無く,避雷針の代わりらしい鉄の棒が立っているだけでした。下りは正面とは反対側の道を下りました。

 時々登って来る人達を避けながら,反対側の方から山の写真を撮っていると, 11:30頃よりにわかに笛と太鼓の神楽の音が大きくなり,その中を神主2名と巫女1名を先頭に,その後ろに背広を来た人達が一列に並んで,神主は時々止まって御弊を振りながら,登って行きます。そして,頂上では,2方向に向かって礼拝を行い,もう1人の神主は小さな白く四角い紙を沢山まきました。神主の後ろの人達は合わせて 100名位はいたでしょうか。「六根清浄,お山は晴天」と歌いながら登っていく人もいます。神主達が下山後も登って行きました。そして,下山した人達には神主と巫女よりおちょこでお酒が振る舞われました。また,富士講の人達なのでしょうか,半天を着ている人達もおりました。

 下左の写真は裏側から撮った下谷坂本富士,下右の写真は頂上で神官達が祈祷をしている場面です。



<下谷坂本富士の山開き(2)>
 2007. 6.30(土),鶯谷駅近くの「小野照崎神社」に行き,久しぶりに本殿の左にある富士塚「下谷坂本富士」の「お山開き」を観てきました。境内に入ると,いつもは入れない「下谷坂本富士」の門は既に開いていました。11:00より,神主さん達と50名位の町内会の人達(ここの富士講は「東講」と言う名前のものであったが,既に消滅しているため,毎年,町内会の人達が参列して「お山開き」を行うとのこと)による開山式が始まり,祝詞等の後,参列している町内会の人達全員により榊(さかき)が捧げられました。この後,神主さん達を先頭に,本殿前にある「茅の輪」をくぐり,そして,「下谷坂本富士」の門をくぐり,「六根清浄」と歌いながら,頂上をめざしてゆっくりと登ってゆきました。

 その途中より,お囃子(勿論,CD等からではなく,実演です)が入り,頂上に着くと,お祈りが行われ,四角い紙がまかれました。この様子を録音したもの「ファイル: ono_terusaki_jinja_oyama_hiraki_20070630a.mp3」(2.32MB)を「WindowsLiveSkyDrive」中の「sound214」にupしましたので,みなさま,ダウンロードの上,お聴き下さい。

 そして,下る時も,お囃子が入りました。こちらは上記のURL中の「ファイル:ono_terusaki_jinja_oyama_hiraki_20070630b.mp3」(4.57MB)です。その後,お酒が配られ,乾杯後,三々七拍子で終わりとなり,また,お囃子が流れました。こちらは,上記のURL中の「ファイル:ono_terusaki_jinja_oyama_hiraki_20070630c.mp3」(0.88MB)です。そして,私も登りました。以前には気がつかなかったのですが,登山道の途中には神様や僧の石像がありました。

<下谷坂本富士の山開き(3)>
 2009. 6.30(火),本日は朝,目が覚めたときは雨でしたが,10時頃にようやく止みましたので,鶯谷駅近くの「小野照崎神社」に行ってきました。と言うのは,本日の11時より,境内にある富士塚の「お山開き」が行われるからです。開山式には昨年は行けなかったので,久しぶりです。

 10:40頃に着き,早速,富士塚である「下谷坂本富士」に登りましたが,雨でぬかっているので,滑って大変でした。そして,11時過ぎより,神主さんや信者の方々による式が始まり(祝詞や礼拝,そして,茅の輪くぐり等が行われました),11:30頃から,神主さんを先頭に,山登りが始まり,頂上にて神主さんにより四方に「切麻散米」の紙吹雪が蒔かれました。この様子の一部を動画として撮影したもの「2009-06- 30ono-terusaki-jnja01.flv」[5.91MB]を,「WindowsLiveSkyDrive」中の「movie006」にupしましたので,みなさま,ダウンロードの上,ご覧下さい。なお,今回,中途半端な理由は,本日はカメラマン・ビデオカメラマンが非常に多く,うまく撮影できなかったためです。

 また,神楽殿ではお囃子が演奏されていましたので,これを録音したもの「2009-06-30ono-terusaki-jinja01.mp3」[2.20MB]及び「2009 -06-30ono-terusaki-jinja02.mp3」[2.74MB]を,「WindowsLiveSkyDrive」中の「sound230」にupしましたので,みなさま,ダウンロードの上,ご覧下さい。

 それにしても,以前に来た時は,割と天気が良かったのにカメラマンの姿はほとんどなかったのですが,本日はまた雨が降ってもおかしくないような暗い雨上がりの空なのに,カメラマンやビデオカメラマンの数の多さには驚きました。と言っても,私自体も参加していたのですから,人のことは言えませんが(笑)。



前ページ Home(gozaru) 七福神めぐり/富士山目次 Home(coocan) 次ページ